
アルクトゥールス
うしかい座の1等星。桜の向こうにオレンジ色の輝きが見えると、今年も春がやってきたことだなあ、と感じます。
恒星データ
Hipparcos 番号 | バイ エル 符号 | 赤径 | 赤緯 | 固有名 カタログ名 | 意味 | アルマゲスト名 | 実視 等級 | 絶対 等級 | スペク トル | 距離 (光年) |
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69673 | α BOO | 14h15.7m | 19゚11.2' | アルクトゥールス | 熊の番人 | 両腿の間にあってアークトルスとよばれる火のような星 | -0.05 | -0.31 | K2IIIp | 36.7 |
データ出典:
バイエル符号・等級・スペクトル・距離:Hipparcos星表 絶対等級:独自計算 固有名・意味:星座の神話、IAU アルマゲスト名:アルマゲスト
この星とヴェガとカペラは、ほとんど同じ明るさで、3つとも頭の上高いところを通っていきます。頭上に明るい星が見えたら、この3つのどれか。初夏でオレンジ色に見えたなら、アルクトゥールスで間違いありません。そう、この星はオレンジ色に輝いて見える星、明らかに他の星とは色が違います。その色からか、麦の刈り入れの頃に見えるせいか、日本では「麦星」と呼んでいる地方があるそうです。
アルクトゥールスは、古代ギリシャ語の「arktouros=クマの番人」 から来ていると言われます。「arktos」がクマ。うしかい座のひざに輝いていますから、自分の牛たちがクマに襲われないように番をしているのでしょうか。
ポリネシアの人たちは、この星をハワイへ行くときの目印にしていたといいます。この星が頭の上を通るところが、ハワイのある緯度。この星が頭の上を通過するところまで北に進んだそう。同様に、タヒチに行くときは、シリウスが天頂に来るまで南に進み、その後、東西に移動をしたそうです。
アルクトゥールス概要

アルクトゥールスと太陽
アルクトゥールスの絶対等級は-0.3。太陽の約100倍の明るさです。オレンジ色に見えるところからも分かるように、この星は赤い光(=長波長)に放射のピークがあって、赤外線では太陽の約200倍の明るさで光っているそう。直径は太陽の25倍、3500万km、スペクトルはK2、表面温度は4500度程度。
この星は、高速で移動していることでも知られています。ハレー彗星で有名なハレーは、この星とシリウス、アルデバランの位置が、アルマゲストなど古代ギリシャの記録からずれていることに気がつき、恒星は天球に張り付いているものではないこと、恒星も位置を変えていく、恒星の固有運動を発見しました。古代ギリシャで観測されたアルデバランの星食が、ハレーの時代のアルデバランの位置では起きないことが、ハレーが恒星の固有運動に気がついたきっかけといいます。
アルクトゥールスは特に動きが早く、2000年で1度も動いてしまいます。角度の1度なんて、たいしたことないと思うかもしれませんが、月の直径が0.5度、月の2つ分です。すべての星がこれだけの速度で移動したら、星座が作られ始めた5000年前と今では、月5個分も星の位置が変わり、星座の形も崩れてしまうでしょう。
アルクトゥールスの固有運動は、1等星の中ではケンタウルス座アルファの次、2番目に大きなもの。距離は9倍も違いますから、アルクトゥールスがいかに早いかが分かります。なぜ、こんなに早く移動しているのでしょうか。
それは、この星は太陽のように、天の川(=銀河面)に沿って公転していないからです。複数車線の高速道路を100km/hで走っていても、同じ速度なら隣の車は止まって見えるのと同じように、速度は相対的なもの。アルクトゥールスは、斜めに横切ろうとしている車のようなものです。
アルクトゥールスは、50億年~80億年ほど前に銀河系に衝突した、小銀河の星のひとつと考えられています1。
私たちの天の川銀河は渦巻銀河2ですが、たくさんの小さな銀河が衝突、合体して現在の形になったといいます。この星のように、銀河面から傾いて公転する星のグループが発見されており3 それらのスペクトルの研究から、太陽のような銀河面を運動する星とは構成している物質にも違いがある4ところから、銀河系内部ではなく、その外で作られた星であろう、つまりは小銀河が銀河系に衝突した証拠だろう、というわけです。
逆に、銀河面で生まれた星団を、そのグループを崩さずに傾いた軌道に乗せるほうが難しい。小銀河衝突のほうが、自然な考えのようです。
アルクトゥールスは太陽の1.5倍の質量を持ち、中心では水素の核融合からヘリウムの核融合へ進化したあたり。そろそろ老年期の星です。その年齢からも、宇宙ができたばかりの頃にできた星だということが分かります。
この高速で移動する星は、計算では今から4000年(万年ではなく)後に地球に最接近するそうで、今が一番明るく見える時期だといいます。50万年前に、ケフェウス座の隣にかすかに見えた星が、りゅう座を通って今の位置に来て、5万年後にスピカをかすめ、50万年後には南天の天の川の中に消えていきます。星との出会いも一期一会。
ポリネシアの人たちは、アルクトゥールスを目印に旅をしました。その目印がまた、私たちとは違う道をゆく旅人の星、というのは、詩的に過ぎるでしょうか。