尻尾に想う
秋は、尻尾の季節です。
いや別に、尻尾が収穫されるとか、尻尾がおいしいとか、身体から尻尾が生えてくるとか、ということではありません。
空に、尻尾がたくさん見える頃なのです。
しっぽの星たち
デネブ
明るい星たちには、それぞれ名前があります。昔、星座の星の並びを伝えるために「おなかの星」「肩の星」「頭の星」などとしていたものが、様々な言葉に翻訳されていくうちに、「音」として記録され1、その星の名前になっていったものです。
例えば、オリオン座のベテルギウスは、「巨人の肩」という意味。48の星座をまとめたプトレマイオスのアルマゲストに「右肩にある赤い輝星」と著され、それがアラビア語、ラテン語と翻訳されていくうちに「Betelgeuse(ベテルギウス)」という名前になりました2。
特に、動物の星座に多いのが、「尾」という意味の「デネブ」という名。
夏のしっぽたち
有名なのは、はくちょうの尻尾の星、そのものずばり、デネブ。英語でいえば、The EarthとかThe Sunと同じように、The Deneb、となるでしょうか。夏の大三角の星の一つ。
1等星、明るい星で見つけやすいですし、ほとんどの方が、学校で一度は学習しているはずです3。
デネブカイトス
秋のしっぽたち1
次に有名なのは、クジラの尻尾、デネブカイトス。デネブは尻尾、カイトスはクジラ、という意味4
こちらも、くじら座の尻尾に輝いています。
秋の空に1等星は一つ、みなみのうお座のフォーマルハウトしかありません。その左側、少し離れて輝く2等星。意外と目立ちます。
デネブオカブ
尻尾の星、3つめは、はくちょうの南側、わし座にあります。わしの尾の星、デネブオカブ。
夏のしっぽたち
もう、想像がつくでしょうか、デネブは尻尾、オカブが鷲、の意味5
その名の通り、わし座の尻尾にあります。3等星なので、街中では見つけにくくなってきます。
デネブアルゲディ
秋の空の尻尾の星、まだあります。4つ目は、ヤギの尻尾の星、デネブアルゲディ。
秋のしっぽたち2
デネブは(はい、ご一緒に)尻尾、アルゲディは、ヤギ、の意味6
下半身が魚の姿になったヤギの、その尻尾のところに光っています。
こちらも3等星。夏の大三角、こと座のベガから、わし座のアルタイルをつないで、そのまま伸ばしたところにある、逆三角形星の並び、やぎ座の左上の星です。
アルダナブ
尻尾の星、5つ目。つるの頭に輝く、アルダナブ。
つる座、という星座があります。みなみのうお座よりもさらに南、地平線ギリギリに見えるつる座。街中では、光害とビルで、また、明るさも3等星ですから、見つけるのはとても難しい星です。
さて、アルダナブ。デネブと同じで尻尾という意味7、なのですが、あるのは、つるの尻尾ではなく、頭。これはまたどうしたことか。
実はつる座は、あとから作られた、比較的歴史の浅い星座8。つる座ができる前、ここは、みなみのうお座の一部でした。
みなみのうお座の1等星、フォーマルハウトは、魚の口、という意味。そこから、右側に楕円の形に星をつないで、魚をイメージします。が、ちょっと寸詰まりな印象。このアルダナブと、その南にある二つ並んだ星の右側、アルナイルという星は、もともとは、みなみのうお座の尻尾、と、されていました。そう、つる座を作った時、星が取られてしまったのです。
しっぽの長いみなみのうお
もし、これがみなみのうお座の星だったら、大漁旗に描かれそうな(?)水平線から飛び上がってきた、生きのいい魚の姿が、空にあったわけです。ちょっと残念。
デネブアルダルフィム
夏のしっぽたち
尻尾の星、6つ目は、4等星と暗いのであまり知られていませんが、いるか座のしっぽの星、デネブアルダルフィム。そのまま「デネブ」ともよばれていました。「ダルフィム」は、もちろん「いるか」という意味。口から火を噴くヨガの名人のことではありません。
デネブで探す星座たち
このように、秋には「デネブ=尾」という星がたくさんあります9。
この、デネブつながりの、ちょっとマニアックな星座解説、プラネタリウムでも、わりと評判がいいのです。秋の空でしか紹介できない、季節限定の星座解説の一つ、でした。
そう。
いまでは、もうこの解説は、できなくなってしまいました・・・。
2016年ころから「デネブたち」の名前は、次々に変えられてしまったのです!
デネブが消されていく・・・
くじら座のデネブカイトスは、ディフダという名前に、デネブオカブやデネブアルダルフィムは「デネブ」が消され、ただのオカブ、ただのアルダルフィムになってしまいました。ディフダは、二匹目のカエル、という意味。クジラの尻尾にカエル? 1匹目はどうした!10
そんな風に変えたのは、国際天文学連合。冥王星を惑星ではなくした、あの組織です。
惑星一つを消してしまうほどの強大な力を持つ組織11ですから、デネブを消す、などというのは、朝飯前(国際天文学連合 星名カタログ)。 気が付くと、天文アプリや、天文雑誌、星座解説本などから、何事もなかったように、デネブたちは消えてしまいました。
嗚呼、デネブ
どうして消されたのか、詳しくは知りません。「デネブばっかりでウザくね?」という感じで消されたのでしょうか。
昔の人たちが想像した星座の姿を、空に描いてくれたデネブたち。
星の名前にも、きちんと意味があるのだ、と、教えてくれたデネブたち。
星好きな人たちに、マニアックな星の楽しみ方を教えてくれたデネブたち。
そんなデネブたちは、もういません・・・。
あるのは、星座とは少し距離ができてしまった、呼び間違いが起こらない名前たち。それも時代の流れ、冥王星が惑星でなくなったり、みなみのうお座から星が取られたり、というようなもの。科学の世界ではよくあることで、頑固者だけが悲しい思いをするのです。
デネブは死なず
ただ。
冥王星もつる座も認めるものの、この件についてだけは頑固者の私。
名前ですから、間違えないことが大事なのは理解できます。でも、いろいろなデネブを紹介することで、
- 「デネブ」はしっぽという意味
- デネブと組み合わされた、「アル」「ゲディ」「オカブ」「デルフィム」などにも意味がある
- 星の名前は、星座絵に当てはめてつけられているものが多い
- じゃあ、他の名前はどんな意味?
と、星の名前への興味付けや、知的探求を進めるきっかけになる、と信じています。
今日もプラネタリウムで、デネブカイトス、デネブオカブと紹介します。誰がディフダなどと呼んでやるものか!
そのうち、私の存在も消されてしまうかもしれません。何しろ相手は、惑星一つを消してしまうような組織ですから12。
- ↩What time is it now?」が、「ホッタイモイジルナ」みたいな感じでしょうか
- ↩綴りからもわかるように、「ベ(Be)」テルギウスです。ときどき「ぺ(Pe)」テルギウスだと思っている方がいますので、念のため
- ↩だいたい、小学校4年生で学習します。覚えてますか?
- ↩星座の神話 P204
- ↩星座の神話 P164
- ↩al はアラビア語の定冠詞だそうで、ゲディがヤギの意味。星座の神話 P177
- ↩星座の神話 P189
- ↩16世紀にバイヤー(バイエル)が制作した星図で紹介されています
- ↩春の星座、しし座の尻尾に輝くデネボラも、尻尾という意味。春の大三角を作る星の一つの2等星です。春になったら探してみてください
- ↩みなみのうお座のフォーマルハウトが一匹目のカエルだそうです。明るい星二つが並んで、それをカエルに見立てたのです
- ↩高校生を小学生にする薬を作った、あの組織と張りますね
- ↩もちろん冗談です。本気にしないでください。天文学連合関係の皆様も、どうか、気を悪くなさらないよう。でも、怒ってますけど