パルディ天球図 より、こと座 Ignace Gaston Pardies, Wikimedia Commons

120万年前 ~アスケラ~

これは、今から120万年前の『秋』の空。

120万年前 『秋』の空

120万年前 『秋』の空

誰も見たことがなく、誰にも見ることのできない空です。現在の星座の線が引いてありますが、その線に乗っている星は数えるほど。はくちょう座アルファ・デネブやガンマ・サドル、オリオン座ベータ・リゲル、カッパ・サイフや「みつぼし」たち、ペルセウス座の有名な変光星のベータ・アルゴルくらいでしょうか。120万年という時間の前には「恒星」といえども「恒」ではなく、天動説で考えられていた、恒星が張り付いているはずの「天球」は破壊されて、一見、まったくのバラバラに運動しているように見えます。天文学者はこの膨大な星たちの運動を詳しく観測し、バラバラの中にもさまざまな運動パターンがあることを発見しているのですが、それは、おいおい紹介していきましょう。

そんな120万年前の南の空に、とても明るい星がひとつ見えています。その星の名前は「アスケラ」  アスケラは、現在はいて座の星。南斗六星の枡の先端の星で明るさは2.6等級、決して目立つ星ではありません。

現在のアスケラ

現在のアスケラ

いて座ゼータ・アスケラは、現在は太陽系から約90光年ほど離れていますが、120万年前ころには現在の10分の1、太陽系から約8光年のところを通過していきました。現在のおおいぬ座アルファ・シリウスとほぼ同じ距離です。アスケラのほうがシリウスよりも明るい星で1、最接近時には-2.7等級、一番明るく見える頃の木星ほどで輝いていました。現在から前後100万年の中では、いちばん明るく輝いた恒星だったはずです。もちろん、この時代にも最輝星です。

恒星データ

Hipparcos
番号
バイ
エル
符号
赤径赤緯固有名
カタログ名
意味アルマゲスト名実視
等級
絶対
等級
スペク
トル
距離
(光年)
93506ζ
SGR
19h 2.6m-29゚52.8'アスケラわきの下腋の下にある最後の星2.60.42A3IV89

データ出典:
バイエル符号・等級・スペクトル・距離:Hipparcos星表 絶対等級:独自計算 固有名・意味:星座の神話、IAU アルマゲスト名:アルマゲスト

最接近

190万年前ころには太陽系から50光年、すでに1等星で輝いており、現在のふたご座の足元付近にありました。150万年前にはマイナス等級になり、140万年頃には、現在のおうし座アルファ・アルデバランのあたりに見えていました。明るさは-1.0等級、アルデバランよりも5倍も明るく色は白、見ごたえがありそうです。太陽や惑星の通り道、黄道上にある時期なので、月や惑星との接近も見られたことでしょう。もっとも、おうしの顔の星たち、ヒアデスは、この時期ここにはありませんが。

さて、いよいよ120万年前、最接近時には『秋』の空、くじら座の尻尾の辺りで、-2.7等級という惑星以上の明るさで見えていたはずです。ちょうど、最接近時の木星と同じくらい、この星よりも明るい星は、金星と、最接近時の火星くらいです。この星は、2つの星が互いを約21年で公転している二重星でもあります。現在は最大の間隔でも角度の0.6秒、望遠鏡でも分離するのが難しいのですが、もし、この時代に文明があって、望遠鏡でこの星を見ることができたなら、シリウスのような輝星が6秒ほど離れて並んで見えたはず。 小さな望遠鏡でもふたつに見え、年を追うことにお互いを回る様子を観察することができたでしょう。

アスケラとアケルナル

アスケラとアケルナル

天の川から離れた『秋』の空は、現在と同じように明るい星が少ないのですが、このアスケラと、当時4番目に明るかったエリダヌス座アルファ・アケルナル(-0.2等級)が光っていましたから、とても存在感のある星たちではなかったかと思います。

それから8万年ほど経った112万年前、その明るい二つの星、アスケラとアケルナルが角度にして5度まで大接近します。ちょうど、ふたご座アルファ・カストル、ベータ・ポルックスくらいの間隔で、-2.2等と-0.2等の星が並んで輝く、それはすばらしい眺めだったと思います。色はどちらも白に近いのですが、アケルナルの方が少し青みがかって見えたことでしょう。現在の空でも、たとえば木星と火星や土星が接近すると、同じような風景を見ることができますが、この時代はそれがずっと続いて見られたわけです。もっとも、常に見られるのでは、ありがたみも薄れるかもしれませんね。

アスケラとアケルナルの接近、といっても、こちらは見かけ上の接近です。太陽系からは、アスケラが10光年、アケルナルは106光年。その間は100光年も離れているのです。

アスケラその後

アケルナルとの接近後は、急速に太陽系からもアケルナルからも離れていき、明るさも徐々に暗くなっていきます。50万年前には50光年まで離れ、1等星よりも暗くなり、現在は太陽系から90光年のかなたで2.6等級。いて座に見えています。

この星はまっすぐ太陽系から離れて行っていますから、今後は位置はほとんど変えずに明るさが暗くなり、現在から100万年後には、同じいて座で4.0等級のありふれた星となるでしょう。

明日は、どんな星空?

120万年前の最輝星、アスケラを紹介しました。星との出会いも一期一会。こうして地球に近づいて明るく見えた星が、再び地球に近づくことはありません。その時代時代に明るい星があり、今では目立たない星、まだ注目されていない星があります。

さて、このほかの時代には、いったいどんな星空が広がっているのでしょうか。

  1. 絶対等級は、アスケラが0.48、シリウスは1.45で、アスケラのほうが1等級ほど明るい