パルディ天球図 より、こと座 Ignace Gaston Pardies, Wikimedia Commons

歳差運動とカレンダー

歳差運動は、回転する物体の回転軸が、首を振るように回転していく運動のことです。よく引き合いに出される、コマ回しをして、コマの回る勢いがなくなってくるとフラフラと軸が回り始める、まさにその運動のこと。

地球も、回転している物体ですので、回転軸=自転軸が首を振る運動をすれば、歳差運動とよばれます。地球の場合、確かに自転速度は遅くなっていますが、回る勢いがなくなってきたから、歳差運動をしているわけではありません。

図1 歳差運動

図1 歳差運動

「地球は丸い」といいますが、詳しく調べると完全な球ではなくて、北極南極方向を少し押しつぶした形、「回転楕円体」という、楕円を短い軸で回転させた形をしています。極の直径と赤道の直径では、赤道のほうが約40kmほど長いのです。地球の直径は約12800kmもありますから、そのうちの40kmならたいしたことはない、と思うかもしれませんが、その部分こそが、地球の歳差運動の原因なのです。

地球の軌道に対して約23.5度傾いている地球の自転軸をまっすぐに(太陽や月のほうへ膨らんだほう=赤道が向くように)起そうとする力が働きます。その力よりも、自転している地球の勢いのほうがずっと強いので、これもまっすぐにはならないのですが、力が働いた結果として自転軸が動く=歳差運動が起こり、約2万5800年の周期で回転していきます。この運動は「赤道の歳差1」と呼ばれます。

このほかに、太陽系のほかの惑星の引力を受けて、地球の軌道が少しづつ変化する「黄道の歳差2」というものもあります。こちらは、赤道の歳差に比べれば影響は小さいのですが、地球の軌道が変化していくので、長期間の気候変動に影響があると考えられているようです。

赤道の歳差、黄道の歳差を合わせて「一般歳差」といい、このサイトで言う「歳差運動」は、この、一般歳差のことです。

歳差円は北極星への道

図2 歳差 円(単位:千年)

図2 歳差 円(単位:千年)

歳差運動は、地球の自転軸の向いている方向が変化するもの。部屋の中にいて、顔を下に向ければ床が見え、上にあげれば天井が見えるように、自転軸の向いている方向が変われば、当然、その先に見える星空も変わってしまいます。

現在の北極側の自転軸を、星空=天球まで伸ばしていった先には、こぐま座アルファ 「北極星」があります。「自転軸が動く」ということは、北極星を始め、天球全体が動いていくように見える、ということです。飛行機に乗っていて、旋回すると外の風景が動いて見えるのと同じですね。先ほど書きましたが、地球の自転軸は軌道に対して23.5度傾いています。その角度でぐるっと一回転するので、天球の動く範囲は、45度にもなります。

その自転軸が天球に対して描く円を「歳差円」と呼びます。図2が、歳差円の様子。現在から千年単位でマークも入れてあります。

この歳差円上にあるのは、過去、もしくは未来に北極星になる星たちです。歳差円は、北極星への道、というわけですね。現在は、こぐま座アルファが北極星ですが、古代エジプトの時代は、りゅう座アルファ・トゥバンが北極星でした。ピラミッドの北側に伸びる穴が、そのトゥバンの方向に向いている、という話もありました。

未来を見てみると、今から2千年後から6千年後にかけて、ケフェウス座の星たちが次々と北極星になります。羊飼いという意味のケフェウスの腰の星「エライ」 右腕「アルデラミン」など。星座としては地味な王さまですが、歳差円はケフェウスの身体の中を通り、五角形の星たちすべてを北極星といってもいいくらいです。ここで王としての面目を保ったでしょうか。

その後、8千年後にははくちょう座デネブ、1万2千年後にはこと座ヴェガが北極星になります。明るい星が北極星だと、方位を調べるのに苦労しなくてよさそうです。

季節が入れ替わる?

図3 1万2千年後の夏至の空

図3 1万2千年後の夏至の空

図3は、その、ヴェガが北極星となる1万2千年後の夏至の21時 関東での空の様子。

現在ではこの頃、うしかい座アルクトゥールスが頭の上高くに輝き、東の空には夏の大三角やさそり座など、夏の星座が見えてくる頃ですが、1万2千年後では、ペルセウス座カシオペヤ座が頭の上近くにあり、今の「北極星」こぐま座アルファも、北の空高くに見えています。

北の空には、北極星になったヴェガ、今から8000年後、この時代では4000年前に北極星だったはくちょう座のデネブ、北西の空低くには、わし座アルタイルもあり「夏の大三角」ならぬ「北の大三角」となって輝きます。

そして、注目は南の空低いところ。冬の星座でおなじみのオリオン座が地平線ぎりぎりにしか顔を出さず、あの勇士を見ることは難しそう。オリオンの上、それでも南の空低くにおうし座ふたご座ぎょしゃ座といった、冬の明るい星を持つ星座たちがそろっています。おおいぬ座シリウスは地平線に下に沈み、日本からは見ることができません。

図4 1万2千年後の冬至の空

図4 1万2千年後の冬至の空

図4は、同じく1万2千年後の冬至の21時 関東での空の様子。

北の空には、ヴェガ、デネブ、アルタイル、頭の上には、さそり座が見え、アンタレスが見えます。西の空には、アルクトゥールスとスピカ、南の空低くには、南十字星やケンタウルス座の2つの1等星もあって、1等星が10個も輝く、現在の冬の星座に負けないにぎやかな空です。

1万2千年後の夏至の21時の空には、夏なのに「冬」の星座が見え、冬至の頃の空には「夏」の星座、さそり座やいて座が天頂にやってきます。なんとも不思議ですが、つまりこれが歳差運動の結果。自転軸が歳差円上をぐるっと回り、現在の位置のほぼ正反対に来ています。そこで、季節の星座も入れ替わり、正反対になってしまいました。真冬の夜空高くに輝くさそり座、というのも、なかなかイメージしづらいものです。

地球に季節があるのは、自転軸の傾きによって1日の太陽の光の当たっている時間が変化するため。天球に対して、その自転軸の向きが変わるということは、季節の星座も変わって当然、というわけです。

では、1万2千年後には、1月が夏で7月が冬になるのでしょうか。

カレンダーと歳差運動

歳差運動によって、カレンダーと季節が合わなくなってしまうのか、というと、そんなことはありません。確かに、地球の軌道上の位置は、現在と1万2千年後では正反対になりますが、私たちが使っているカレンダーの「1年」は、すでに歳差運動の影響も含めて作られているのです。

普通、「1年」というと「地球が太陽の周りを1周」する時間、と考えると思います。その「1周」した、という目印、何でつけましょう? 宇宙で目印になるもの、といったら星でしょうか。「1年」は、地球から見て「太陽が目印にした星からその星まで1周する時間」とします。星を目印にして1年を測ったもの、確かにそれも「1年」なのですが、これは「恒星年」と呼ばれます。地球が太陽の周りを1周したので、太陽が星空の中を移動し、同じ星のところに戻ってきた訳ですね。 でも、これは、私たちが使うカレンダーの1年ではないのです。

私たちのカレンダーでの「1年」とは、「太陽が1周して元の場所に戻ってくる」のは同じですが、「元の場所」の目印には星ではなく、天球の目印である「分点・至点」を使います。

この1年は「太陽年」や「回帰年」と呼ばれます。分点・至点は、太陽が赤道上から照らす=春分・秋分、お昼に一番高くなる、低くなる=夏至・冬至のこと、星とは関係がない目印です。太陽が春分や夏至を過ぎてからの時間で1年を測るので、星とも地球の公転運動とも関係がありません 3

図5 地軸の向きと季節  地軸の向きが違うと、軌道上同じ場所でも季節は異なる

図5 地軸の向きと季節  地軸の向きが違うと、軌道上同じ場所でも季節は異なる

実に、歳差運動はこの部分に含まれていて、春分点や夏至点も、自転軸の動きに合わせて天球上を移動していきます。歳差運動で天球が動いた分、太陽は「恒星年」よりも早く春分点に戻ってきてしまい、「太陽年」と「恒星年」の長さは違ってくるわけです。「恒星年」での1年は「太陽年」の1年と比べて、約20分ほど長くなるそう。つまり、私たちが使っているカレンダーは、地球が太陽の周りを1周するよりも20分早く、1年が経ってしまうということ。逆に言えば、恒星年では、太陽年で数えて翌年1月1日0時20分に、ようやく次の年が始まるということです。

「1年で20分」の差なので「1万2千年では24万分」の差、24万分を日数にすると約171日になり、1万2千年で半年の差ができる、つまり「冬の星座が夏に見える」ことになるわけです。1年で20分の差、角度にするとわずか50秒角の違いが、つもり積もって大きな変化になる。私たちの生活の基準たるカレンダー、知らないうちに「歳差運動」という、思いもかけない要素が含まれているのです。

過去未来の「季節の星座」

歳差運動によって、季節の星座は変わり続けています。そして歳差運動そのものも、太陽や月、惑星の引力を受けて、常に変化している、と考えられています。

図2 歳差 円(単位:千年)

図2 歳差 円(単位:千年)

自転軸の向きが急に大きく変化することはないでしょうが、たとえば1周する周期が、2万5800年を中心に前後250年くらい、±1%の誤差で変化しているとすると、10万年後には4回転することで、誤差も最大で前後1000年ということになります。1000年は図2の目盛の半分、角度では10度ほど。歳差運動の誤差1000年は、季節が半月ほど、ずれてしまう大きさなのです。現在オリオン座は、12月始めなら19時に東の空に昇りますが、同じ19時でも2000年後には、12月中旬にならないと昇ってきません。

時が経って、歳差運動で自転軸が回れば回るほど、ますますその誤差は増えていきます。仮に同じ誤差なら、50万年後=地軸の20回転後には、最大で前後5千年の誤差、季節では前後3ヶ月の誤差となり「多分夏だが、春かもしれないし、秋かもしれない」という状態になります。

このような理由で、現在から前後数万年くらいまでは「いつ、どの星座が夏の星座になるのか」は、だいたい分かりますが、それよりも過去未来になると、それらははっきりと示せなくなります。そこで、このサイトの恒星の固有運動の紹介ページでは、歳差運動の影響を含まないでいるのです。

悠久の時間と人間

歳差運動は、古代ギリシャの時代から知られていました。古代ギリシャ天文学の集大成である「アルマゲスト」には、

殊に真理への愛着に充ちていたヒッパルコスは、これを求めるための研究と苦労とを惜しまなかった。かれをもっとも驚かせたのは、太陽の分点や至点への復帰を比較するに、一年は完全に365 1/4日ではなく、また同一恒星への復帰を比較するにその一年はこれより長いということであった。この事実から恒星天自身が西から東へある遅い進行をしていて、惑星と同じくこの進行は天全体が赤道及び黄道の極を通る円に垂直であるような第一運動と反対方向にあることを彼は推量したのである。(アルマゲスト 薮内清訳 P108  引用注:書籍は旧字体ですが、ここでは新字体に変更してあります)

とあり、歳差運動があることをはっきりと示しています。

正確な暦を作るために天文学が生まれ、発達してきた、そのひとつの結果が「歳差運動」の発見につながりました。正確な時計も精密な観測機器もない時代から、人間はすばらしい知的活動を行ってきたのですね。

歳差運動のスケールに比べて、人間の一生は本当に短いものです。自転軸が歳差円を一周する間に1000世代近くも変わってしまいますし、今の文明が興ってから、自転軸は歳差円をまだ5分の1程度回ったに過ぎません。けれども、世代を超えて人類の知恵は脈々と受け継がれて現在があります。

がんばっても100年しか生きられない人間が、その何万倍、何億倍という宇宙の時間の流れを感じることができる、というのは、本当にすばらしいことだと思います。

  1. 以前は「日月歳差(じつげつさいさ)」と呼ばれていました。2006年の国際天文学連合総会で新しい歳差理論が採択され、呼称も変更されています
  2. 同様に「惑星歳差」と呼ばれていました。詳しくは、理科年表2008 P75
  3. もちろん実際は、地球の公転によって太陽が移動していくように見えるわけですが、地球は静止していて太陽が星空を動く、天動説的な見方です